(1)経時的価格戦略 ②浸透価格戦略

2010-11-01

②浸透価格戦略
浸透価格戦略(ペネトレーション・プライシング)は、初期低価格戦略といわれるもので、新製品を発売する際、通常考えられる価格より低い価格に設定する戦略です。価格を割安に設定することにより、製品の売上数量を早く伸ばすことができます。

発売当初は赤字になることを覚悟で、低い価格を設定することもあります。

経験曲線効果(後で詳しく説明します)がある場合は、生産量が増加するに伴いコストも下がるので、結果的には、黒字化することができるのです。

また、研究開発費や設備投資費用など固定的な費用が多くかかる製品の場合も、浸透価格戦略が有効です。1製品当たりの利益額は小さくても、売上数量を早く伸ばすことで、投下資金を早期に回収できるからです。例えば、単位当りの直接コストが安く、大量生産が可能な製品の場合、低価格戦略で売上増をねらった方がよいと考えられます。

この戦略を採っている産業としては、半導体産業が有名です。

トップシェアを握ることは、コスト的な観点からだけでなく、様々な面でも有利だといわれています。例えば、「優秀な人材を集めやすい。顧客からの情報が多くなり、顧客ニーズを正確につかまえることができやすい。顧客からの信頼を得やすい。ブランド構築に有利となる。」などのメリットがあるといわれています。

(「勝者一人勝ち」)

英語に「Winner takes all.」という表現があります。「勝者丸取り」、「勝者一人勝ち」ということです。

米国の大統領選挙でも、ほとんどの州でこの方式が採られており、多数決の勝者がその州における全ての大統領選挙人を獲得するという制度となっています。また、よく考えると多数決方式が、「勝者一人勝ち」というルールになっています。

経済においても、この法則があてはまることが多いといわれています。つまり、トップシェアを握ったものが、結局は、市場のほぼ全てのシェアを獲得できるという法則です。

例えば、Eコマース(電子商取引)のブームの中で、数多くの「電子ショッピング・モール」が生まれましたが、結局、大きな利益を上げているのは、「楽天市場」だけだといわれています。

また、パソコン基本ソフトの「ウィンドウズ」と「マックOS」の競争においても、ほぼ「ウィンドウズ」の一人勝ちとなっています。古い話としては、ビデオデッキ市場における「VHS」と「ベータマックス」の覇権争いにおいても、当初は拮抗していたシェアが現在は「VHS」が圧倒的なシェアを獲得しています。我が国の株式市場も同じような現象が現れました。戦後、8つあった証券取引所は、段々と東京証券取引所の一人勝ちの様相が明確になり、既に3つの証券取引所が淘汰されて消滅しています。

 
この戦略が好きなのがソフトバンクの孫正義氏です。

ポータルサイトでは、ヤフーを国内シェアNo.1にしました。そして、次にはプロバイダー事業で「ヤフーBB」のシェアNo.1を狙いました。「ヤフーBB」のキャンペーンは本当に凄かったです。そして現在取り組んでいるのが、携帯電話でのシェアNo.1の確保です。

こうしたことから、トップシェアを握ることが非常に重視され、その手段として浸透価格戦略が採られることが多いようです。しかし、実際には、浸透価格戦略が有効な場合とそうでない場合があります。浸透価格戦略が有効な場合とは、次のような場合です。

まず、うかうかしていると競合他社にシェアを奪われる場合です。アイデアだけが勝負で技術的には何ら難しいところがない製品などでは、直ちに同業他社が参入してくるおそれがあります。

また、新商品のお客が価格に対して敏感である場合(需要の価格弾力性が比較的高い場合)も、浸透価格戦略が有効です。何故なら、お客が価格に対して敏感である場合、値段を低く設定することで売上数量を大幅に伸ばすことができるからです。一般に日常用品に対しては、お客は価格に対して敏感であるといわれています。実際、日常用品については、浸透価格戦略が採られることが多いようです。

(導入価格戦略)
浸透価格戦略と似た戦略に導入価格戦略があります。これは、新製品の導入時だけ一時的に価格を下げて販売する戦略です。浸透価格戦略は低い価格を維持して販売するのに対し、導入価格戦略では一定期間を過ぎると本来の価格水準に戻す点に違いがあります。

しかし、この導入価格戦略は失敗しやすいので注意が必要です。というのは、通常価格に戻した時に、消費者は「値上げ」されたという印象を受け、大幅に売り上げがダウンすることが多いからです。

  浸透価格戦略 上澄み吸収価格戦略
参入の難易度 容易 困難
価格弾力性 高い 低い
規模の経済性(経験曲線効果) あり なし

 

(経験曲線)
「経験曲線効果」とは、多く作れば安くできるという効果です。一般に「製品の累積生産量が2倍になると、単位あたりのコストは20%~30%低減する」といわれています。多く作れば安くできるのであれば、シェアが高い企業は、安く作ることができ、その結果、粗利益率が高くなるという結論になります。

生産コストだけではなく、販売コストなどを含めたトータルの単位コストも逓減するといわれています。経験曲線が生じる原因としては、習熟効果(作業員の慣れ)や作業工程・作業方法の改善が指摘されています。

なお、経験曲線(Experience Curve)は、習熟曲線/学習曲線/ラーニングカーブ(Learning Curve)と呼ばれます。両者は同じ意味で使われることが多いのですが、あえて区別すると、累積生産量と単位生産コストの関係を学習曲線といい、生産コストだけにとどまらず、販売等に関わる間接費も含めた単位コストとの関係を経験曲線といいます。つまり生産コストだけに限定しない場合を学習曲線と区別して経験曲線というわけです。

学習曲線効果は、1930年代のアメリカで航空機の生産コストを調査する過程で発見されたといわれております。航空機の生産は一般に規模の経済性が強く働くような生産体系をとっていないため、時系列的なコスト低減を規模の経済性だけで説明することはできなかったことから、規模の経済性(生産規模が大きくなれば単位コストが下がるという法則)とは区別して、累積生産量と単位生産コストの関係を学習曲線というようになったようです。その後、色々な産業について種々の研究が行われた結果、生産コストだけにとどまらず、販売等に関わる間接費も含めた単位コストについても同様の現象が見られることが分かりました。そこで、生産コストだけに限定しない場合を学習曲線と区別して経験曲線というようになったそうです。

マーケット・シェアの大きい会社は、累積生産量も多いと考えられます。累積生産量が多いと、経験曲線効果のために、累積生産量の少ない他社より単位コストが低いはずです。他社より単位コストが低いと(販売価格が他社と同じであれば)他社より利益率は高いはずです。反対に、マーケット・シェアの小さい会社は、他社より利益率は低いはずです。これを営業キャッシュフローの概念から言えば、マーケット・シェアの大きい会社は、営業キャッシュフローのプラスが大きく、マーケット・シェアの小さい会社は、営業キャッシュフローのプラスが小さいはずです。

「経験曲線効果」を前提にするということは、多く作れば安くできるということを前提にするということです。しかし、製品によっては、経験曲線効果がそれほど見られないものもあります。また、生産規模を増加することによって、間接費が増大して、かえって単位あたりのコストが上昇することも考えられます。大企業病の症状の1つです。更に、当初から市場に参入した場合、確かに製品の累積生産量は新規参入企業より多いが、設備が古いため、かえって最新設備を導入した新規参入企業より、単位あたりのコストが増加することはよくあることです。また、そもそも「経験曲線効果」は製造業を前提としており、サービス業では当てはまりにくいといえます。 つまり、現実には「経験曲線効果」の前提が当てはまらないケースがあるということです。

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